私たち生命の身体は、つねに動的な状態にあり、物質、エネルギー、情報が絶えず流れ込み、一瞬、流れの中に浮かぶ淀みのような秩序を作り出し、すぐにまた流れ去る。
秩序は、宇宙の大原則である「エントロピー増大の法則」に従って、無秩序になる方向にしか動かない。しかし、生命だけは、この法則に抗って、自らを率先して分解し、同時に作り直すことによって、なんとか秩序を維持しようとしている。これが生命のもっとも重要な本質、動的平衡である。フランスの哲学者アンリ・ベルクソンが言った「坂を登ろうとする“努力”」である。
とはいえ、動的平衡も、宇宙の大原則に抗えども、これに打ち克つことはできない。
生命はやがて秩序を失い、大きな自然の循環の中に戻る。つまり個体の生命には有限性がある。有限があるがゆえに生命は輝く。そして有限ではあるものの、無限の生命連鎖に連なる。
私のパビリオンでは、この生命の動的平衡を体感してほしいと願って、建築計画を進めた。パビリオンでは、生命が動的平衡を保ちながら、うつろいゆく流れの中で、ひととき自律的な秩序を表す姿を体現している。それは、ふわりとした細胞膜が形態形成を果たす途上の、一瞬のいのちのゆらめきに見えるかもしれない。
プロデューサー 福岡伸一
1959年東京生まれ。京都大学卒および同大学院博士課程修了。ハーバード大学研修員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。サントリー学芸賞を受賞し、87万部を超えるベストセラーとなった「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)、「動的平衡」シリーズ(木楽舎)など、”生命とは何か”を動的平衡論から問い直した著作を数多く発表している。また、大のフェルメール好きとしても知られ、最新のデジタル印刷技術によってリ・クリエイト(再創造)したフェルメール全作品を展示する「フェルメール・センター銀座」の監修および、館長もつとめた。2025年の大阪・関西万博で、テーマ事業「いのちを知る」を担当。
1959年東京生まれ。現在、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。「生命を部品の集まりとしてではなく、常に壊して作りかえる“流れ”」とする「動的平衡」という新たな生命観を説く。
2025年の大阪・関西万博で、テーマ事業「いのちを知る」を担当。
ふわりと浮かんだ大きな屋根 生命がうつろいゆく流れの一瞬の状態であるように
一本のリングは重力や風などの流れに抗うことなく
その力を借りるようにつねに形を変え動的なバランスをとりながら浮かび上がる
半年後 生命がいのちのバトンをつなぐように リングは形をかえ大きな循環の流れの中にかえっていく
うつろいゆく生命のような建築
建築家 橋本尚樹
1985年愛知県生まれ。京都大学工学部建築学科卒業後、東京大学大学院在学中にポーラ美術振興財団在外研究員としてAteliers Jean Nouvelに勤務。帰国後、内藤廣建築設計事務所を経て、2019年より橋本尚樹建築設計事務所(現NHA)主宰。
生命は、互いに他を支えつつ自らを律している利他的で相補的な存在であり、
絶え間ない物質とエネルギーと情報の流れの中で、常に自らを壊しながら創りつづけています。
生命とは、相補性を維持しながら分解と合成を繰り返す「動的平衡」の流れの中にあるのです。
本展示は、生命の「動的平衡」を体感するインタラクティブな光のインスタレーションです。
自らの身体が粒子化して環境の中に溶け、その粒子が多様な環境に生きる多様な生命のあいだを行き交いながら
生命史を辿るダイナミックな生命絵巻の空間体験を通して、来場者は、自らの生命もまた「動的平衡」の流れの中にある
利他的で相補的な存在であることを感じ、生命の本質としての「動的平衡」を知ることになります。
展示演出ディレクション Takram
Takramは、世界を舞台に活躍するデザイン・イノベーション・ファームです。未来をつくる人、変化を生み出す組織のパートナーとして、プロダクトからサービス、ブランドから事業まで、デザインの力でイノベーションを生み出していきます。